キャリー•マリスという超破天荒な偉人のお話です。
分子生物学に革命を起こしたノーベル化学賞受賞者ですが、LSDやマリファナの常習歴を公言してはばからないサーファーの顔を併せ持つ魅力的大偉人です。
一歩間違えばまあまあのクズ人間ですが、僕はそんな所も魅力的に感じてしまいます。
それでは、キャリー•マリスのある日の出来事をご紹介します。
その日、彼は週末の余暇を過ごす為アンダーソン渓谷に向けて車を走らせていました。助手席に恋人を乗せ、愛車のホンダシビックで山道のカーブの感覚を楽しみながら、DNAの鎖がくるくるねじれたりたゆっている様子を夢想していたのです。
彼が運転しながら考えていたのはオリゴヌクレオチド*の事でした。
※オリゴヌクレオチドとはDNAのごく短い一断片の事です。
合成されたオリゴヌクレオチドを長いDNAと一緒に混ぜると、一致する配列を見つけ出し、そこに結合する事ができます。しかし、人間のDNAは30億ヌクレオチドです。この中から特別な一致する配列を見つけるという事は、夜間に月面から地球上の道路を走る車のナンバーを読み取るようなものです。
彼はコンピューターにも長けていたので、単純なルーチンでも繰り返し行う事によって大きな仕事が可能になるという感覚を持っていました。
まず、初期値をインプットし、計算値を得る。それをインプットし、さらに新しい計算値を得る。それをまたインプットするというような繰り返しです。例えば、ある数値の2倍を計算させるルーチンあるとします。すると2は4に、4は8に、8は16に、16は32になります。これを繰り返していくと数値は瞬く間に指数関数的に増大します。
「これをDNAに応用すればどうなるのだろう?」
まず短いオリゴヌクレオチドを合成し、長いDNA鎖上の特定の地点に結合させ、そこを出発点にしてDNA鎖のコピーを作る。これを何度も繰り返したなら?
彼は問題解決のすぐ近くまで辿り着いていました。
そして突然、閃いたのでした。
一つのオリゴヌクレオチドに結合する所を30億ヌクレオチドの中に1000箇所特定出来たとして、その上でもう一つのオリゴヌクレオチドを使って、もう一度選抜をかける。つまり、1番目のオリゴヌクレオチドがまず1000箇所の候補地を選びだし、その中から2番目のオリゴヌクレオチドが正解を1つだけ選びだす。そうすれば、1番目のオリゴヌクレオチドと2番目のオリゴヌクレオチドの間に挟まれた部分のDNAのコピーを作り出す事は簡単だと気づいたのです。反応を1回行えばオリジナルからのコピーは1つ出来て計2つ。反応を2回行えば計4コピー。
これを繰り返し行ったらどうだ?
彼は思わず「やったー!」と叫び、アクセルを離したのでした。
車のダッシュボードからペンと封筒を取り出し、ウトウトする恋人のジェニファーに伝えました。
「凄い事を思いついたんだ!」
別荘に着いた後も彼の興奮は冷めませんでした。カリフォルニア産赤ワインの助けを借りて、平地を見つけては反応の図式を明け方まで書きつけたのでした。
その後、周囲の人間にその凄さを語るも誰も「凄い」とは言ってくれなかったそうです。彼はいつも突拍子もないアイデアを吹聴していたのでヨタ話だと思われてしまったのです。
彼は自分のPCに
「立証されていない思いつき」というファイルをためていました。
そして、そのファイルに「新しいファイル」を開き、
『Polymerase Chain Reaction:PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)』
と名を付けました。
そう、今日本で聞かない日はないPCR検査が生まれた瞬間のお話でした。
お茶目すぎんぜ!